sakanatonikuの日記

料理、アニメ、映画鑑賞と作詞作曲(趣味)

アンチテーゼとしての押井守

GR IIIx ビルの地下

宮崎駿インタビューや彼の著作を、図書館から借りたり購入したりで、何冊も読み直している。実に面白い。

 

若い頃にも何冊か読んだので、1/3くらいは記憶にあった。もっと多くを読んだはずだが10代の僕にはピンとこなくて忘れたのだろう。書いてあることが意外と難しい。

 

当時は「はえー。すごいな宮崎駿は。天才だな」とひたすら感心して読んだものだ。僕もこういう熱い仕事がしたい、と単純に思った。

 

今の僕は、生きがいとは言えない仕事をしながら、それなりに家事・子育てにコミットしてきたアラフィフおっさんである。当然、昔とは違った感想を持った。

 

すごい才能があって、その才能を活かせる仕事に就けて、しかも団塊ジュニアという巨大市場を相手にして体力のある時期に高度成長期を過ごした。金儲けよりも仕事を優先できた。世界的にも高く評価されている。すべての歯車が噛み合ったのだ。本当に幸運な人だな、と。

 

GR IIIx ゲームセンター

 

そして、奥様の立場を想像して思う。こんな人と結婚して、すごく大変じゃなかったですか?と。(答えは間違いなくYesだろう)

 

宮崎駿は奥様から「ほとんど家に帰らず、まともに子供の世話をしなかったあなたに、子育てや教育を語る資格はない」と言い渡されたらしい。想像がつく。月に1度あるかないかの休日に子供を遊びに連れ出し、魚釣りしたり虫取りして帰って飯を食うだけ。学校?勉強?そんなものどうでもいいじゃないか!と言い放つ。もちろん家事なんかろくにしない。元々奥様もアニメーターで仕事を続けるつもりだったのが、宮崎駿が家事と子供の世話に根を上げて専業主婦となった。夫の発言を耳にして、しょっちゅう舌打ちしてたんじゃないだろうか。好き勝手ばかりでろくに家庭を顧みなかったくせに、偉そうなことばかり!なんて。

 

もともと、彼の発言は、膨大な読書量に支えられながらの、浮世離れした机上の極論が多いのである。それが痛快で面白い。

 

GR IIIx 石神井公園

 

ジブリ映画のメッセージは「生きろ」「生きてりゃなんとかなる」など、ポジティブなものばかりである。宮崎駿は、あの子やこの子具体的な子供達を思いながら、爽快エンタメを作ろうとするので、当たり前である。数え切れない人たちが、ジブリのメッセージに励まされ、精神の糧としたことだろう。僕だってその一人だ。

 

しかし、天才的な才能を持ち、その才能を十分に発揮して、世界的に評価されている宮崎駿に『生きてりゃなんとかなるよ』と言われても、ちょっと説得力ないよな、と思ってしまった人がいても、仕方なかろう。

 

言ってみればキレイゴトである。われわれは宮崎駿の力強いキレイゴトに感動し、ポジティブなパワーを得て「よし、明日からも頑張ろう」と灰色の現実に戻る。

 

GR IIIx 石神井公園

 

押井守

 

アニメ界の奇才である。宮崎駿の本に時折登場する。1951年生まれは宮崎駿の7つ下、鈴木敏夫の3つ下である。

 

宮崎・鈴木両氏からぞんざいな扱いを受けていて面白い。出版された本でこうなんだから、現実ではもっとボロボロに言われているのだろう。外野から見れば神の如き二人にイジられるだけでスゴイのだが、当人からすれば苦々しいはずである。

 

その押井守の代表作『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』と『イノセンス』をNetflixで見た。

 

GR IIIx 上野

 

前者を見返して、以前にも見たことを思い出した。つまり、見たことを忘れていた。ブレードランナー的な世界観で、かっこいいアクションで、強くかっこいいヒロインが活躍するのね。面白かった。くらいの感想だったのだ。よく分からなかった、とも言える。

 

今回は間を空けずに『イノセンス』も見た。なるほど、これは養老孟司の言う「脳化社会」だなと思った。意識の多くがインターネットに囚われている僕らからすれば、実は馴染みの世界観である。今やサイバーパンクは現実となった。メタファーですらない。

 

いずれもよくできている映画で、楽しめた。一級のアニメーション作品である。

 

GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』は1995年発表だ。同時期のジブリ作品は「耳すま」である。(!

 

しかし、両作に全く共通点はなく、時代の香りも異なる。

 

GR IIIx 上野

 

ここに僕は、押井守の「ジブリ何するものぞ」魂を見るのである。

 

ジブリ映画は、他の国産アニメとはレベルが違う。アニメの専門家でない僕は具体的に語る言葉を持たないけれど。

 

ジブリに真っ向勝負する人など、いないと思っていた。ジブリは日本アニメのフラッグシップでありフロントランナーなのだ。

 

しかし、どうやら間違っていたらしい。押井守は、ずっと正面からジブリと格闘してきたのではないか。とにかく「非ジブリ的なもの」を作ろうと苦戦してきたのではないか。

 

宮崎駿の圧倒的な才能や、ジブリ集団の分厚い技術陣と資金力を横目ににらみながら、ジブリと比べたらあれが弱いだの、これがない、だの言われながら、彼なりに自分のスタイルを作り上げた。

 

その結果がイノセンスであり攻殻機動隊である。色々足りないのかもしれないが、紛れもない傑作である。

 

他の気概のあるアニメ作家たちも「ジブリの打ち立てたもの」と格闘しながら製作しているに違いない。

 

アニメは、徹頭徹尾人が作ったものだから、さまざまな見方ができる。実に味わい深いジャンルなのだ、と気がついた。今さら?という話ではあるが。

 

GR IIIx 上野