(アニメは子供向けとバカにされがちだが)僕はそれでも子供向けのアニメを作りたい
宮崎駿の対談集にあった上記文章(正確ではない)を読んで、僕は「『アニメを舐めるな』という反骨精神」と解釈していた。
100%の間違いではないかもしれないが、50%以上は間違っている気がする。「秘密の花園」を読んでそう思った。
日本語は難しい。文脈と思い込みで全然解釈がずれてしまう。
「秘密の花園」
少女が主人公でタイトルが「秘密の花園」である。
しかも「児童文学の名作」である。
文部省推薦(古い)的な健全な作品に違いない。往年の「ハウス名作劇場」でアニメ化されるような作品だろう(今調べたらNHKがアニメ化していた)。
小学生から今にいたるまで、僕の読書の嗜好にはかすりもしない。児童文学を愛する宮崎駿がおすすめしているのは知っていたが、それでも読んでみようとは思わなかった。
アラフィフになってから、ふと図書館で文庫版が目に止まり、ふと借りて、通勤電車に持ち込んだ。
たまたま、である。
中身はほぼ予想通りの健全小説であった。ハウス名作劇場であった。
特に意外な展開はなく、手に汗握るわけでもなく、うん。そうこなくちゃ。という流れ。
そしてちゃんとちゃんとの骨太な児童文学であった。確かに時代を越える傑作である。
予想外のこともあった。
めちゃくちゃ感動したのだ。
中盤以降、一つの章が終わるたびに、深呼吸して余韻に浸った。
なんて素晴らしい小説なんだ、と思いながら読んだ。
読者となる子供たちを、励まし、力づけようとするバーネットの強い思いがビシビシ伝わってきたのだ。
世の中、つらいこともあるかもしれないけど、素敵なこともいっぱいある。自然は美しく、動物は愛らしい。友だちとも仲良くなれる。大人もちゃんと助けてくれる。
君たちはこれからもっと強く、元気に、美しくなる。だから、頑張って生きるんだよ。負の感情に負けるな。病気に負けるな。未来はきっと明るい。
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おいおい。
宮崎駿のメッセージと同じじゃないか。
で、冒頭の反省である。
宮崎駿が「アニメは子どもたちのもので、子どもたちに向けてアニメを作っている」のは文字通りの意味だったのだ。
子供を励まし、元気づけ、とにかく「生きろ」「生きてりゃいいことあるんだ」と伝えたい。だから彼は全力でアニメを作っているのだ、とようやく理解した。今まで「知っていた」と思っていたが、浅はかな理解だったと気がついた。
だから、宮﨑駿の作るアニメは、大人も感動する面白いアニメなのだ。
ジブリアニメとそれ以外
明らかに手に余るテーマなので深掘りはしない。
いろいろとアニメを見て「面白い」「傑作だ」と感動することは多い。でも海外で広く受け入れられることはないだろうなあ、と残念に思うことがほとんどだ。やっぱりジブリアニメとは何かが違う。
例えば「となりのトトロ」。あんな昭和三十年の日本の田舎を舞台にした映画が、なぜ世界中で愛されるのか。
「秘密の花園」を見て少しわかったような気がした。
トトロが世界に受け入れられたのは、宮崎駿が「子どものためのアニメ」を全力で作ったからに違いない。
そう思ってジブリ*以外*のアニメを思い返すとやはり大人が大人のために(あるいは自分のために)アニメを作っている作品が多い気がする。
しかし考えてみれば、自分のために作るのが当たり前ではないか。自分のためだから一生懸命になるのであって、他人のために真剣に何かを作るとしたら、そこまで頑張れるか?という話。
だから、子どもたちのために全力でアニメを作る宮崎駿が特別なのだ、と思ったのだ。
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おそらくはティーンエイジ〜アラサーくらいまでの間に読んでも、表面的なことしか理解しなかったろう。「健全小説だね。面白かった」以上おしまい。
だから「こんな素晴らしい小説にもっと早くに出会いたかった。もっと早くに読むべきだった」とは思わない。アラフィフの今が、読むべきベストのタイミングだったようだ。